同窓会

675 名前:同窓会(1)[sage] 投稿日:2012/05/10(木) 18:19:45.99 ID:D43IgOPL
「カンパーイ!」

 ビールやチューハイの注がれたグラスがカチカチ鳴った。
 そして、直後にはそこここで会話が始まる。
 小学校三年生のときのクラスでの同窓会だ。中学や高校まで同じだった者もいれば、十年以上顔を合わせていない者も
多い。思い出話に花が咲くのも当然だった。
 俺、佐藤信吾は、その頃の友人たちと固まって呑みながら、かつてのクラスメイトを値踏みしていた。
 値踏みというと言葉は悪いが、まあ、そんなものだ。小学校の仲間が二十歳にもなれば、それぞれの進路はばらばらに
なる。既に就職している者も何人かいたし、結婚までして皆を驚かせた人もいた。

「倉田、太ったなー。昔はサッカー部のキャプテンだったのに」
「地元のクラブでもいいとこまでいってたんじゃないか?」
「それより、河村呼んだの誰だよ。俺、ずっと嫌いだった」
「まあな。でも、今は東大の理三だっけ」
「東大ってだけでちやほや群がりやがって、女どもは現金だな」

 さすがに小学生のときとは違う。性格も、置かれている状況も、みんな変わらざるを得ない。
 それでも、こうして会って、話ができるというのは楽しい。

「…………!」

 ポケットの携帯電話が震動した。取り出して操作していると、

「何? 母ちゃんか?」

 高校まで同じ学校に通った腐れ縁の田中が声をかけてくる。
「ちげーよ、彼女だ」
「は?」
「同窓会行って来るってメールしたのが、返信来てたんだよ」
「え? おまえ、彼女いたの?」
「今年になってからだけどな」
「見せろよ」
「い・や・だ」

676 名前:同窓会(1)[sage] 投稿日:2012/05/10(木) 18:21:37.59 ID:D43IgOPL
 他の仲間も寄ってくる。隣のテーブルで別の話をしていた女たちまで食いつく。

「佐藤の彼女? え、見たい、見たい」
「どんな子? カワイイの?」

 ざわめきは一気に広がり、喧騒と混沌で同窓会を包んだ。なんだか小学生の頃に戻ったみたいで懐かしい。しばらく会
ってなかっただけに、遠慮や照れもあったのだろう。それが吹き飛んで、声のトーンもいくぶん上がり、にぎやかになっ
てきていた。
 俺の携帯電話は取り上げられ、みんなの晒し物になっていた。

「うわー、佐藤、待ちうけにしてるよ」
「え、わっ、けっこう可愛いじゃん」
「この子がシンちゃんの彼女なの? 大学の子?」
「あ、うん。同じサークルで」
「おー、いいなー、めっちゃタイプだわ、俺」

 しばらくすると、みんな飽きたのか、話の種も他に行って、俺はほっと一息つくことができた。

「なあ、あの子、誰だ?」
「ん?」

 田中が指し示す方を見ると、女の子が一人、三人の男としゃべっていた。

「すげえ美人だ」

 思わず口をついて出てしまうほど、綺麗な子だった。しかし、あんな子、クラスにいただろうか。

「……誰だっけ」
「わからん」

 色白に、柔らかい雰囲気の整った顔立ち。軽くウェーブのかかった黒髪を肩ほどまでのばしている。スタイルも良さそ
うだ。白の半そでブラウスに、チェックのスカート、黒のニーハイソックスという地味ながら清潔感ある服装が、彼女の
しなやかな肢体を引き立てている。

 会話の相手の男どもも、魅入られたように彼女からほとんど視線をそらさない。

677 名前:同窓会(1)[sage] 投稿日:2012/05/10(木) 18:22:20.33 ID:D43IgOPL
「なあ、吉田」

 俺はちょうど通りかかった吉田綾乃を呼び止める。吉田はこの同窓会の幹事だ。

「あの子、誰?」
「…………ああ、玲奈ちゃんよ」
「玲奈ちゃん?」
「うん、中橋玲奈ちゃん。忘れたの? 佐藤くん、五年生のときも同じクラスだったじゃない」
「えっと……」

 とっさに顔が浮かばない。いや、むしろ思い出さないようにしているかのような。
 なかはし……れいな……。

「……え、もしかして、中橋玲奈って、あれか。あの、太ってた」
「まあ、ちょっと、ぽっちゃりしてたわね」
「ちょっとってもんじゃなかったぞ。嘘、全然、あの頃と違うじゃねえか」
「女の子は化けるからねー」

 俺は何度も眼をこすりながら、彼女を見た。そう言われれば、確かに小学校時代の面影があるような……ないような。
 一方、まだ思い出せないでいる田中は訝しげな表情だ。

「中橋……?」
「忘れたの? あんたたちがいじめてた子よ」
「いじめてた?」
「一時、登校拒否にもなって、大変だったじゃない」
「…………まさか、えっ、あの、デブ奈か!?」

 田中は勢いよく彼女の方へ振り返る。自分の眼が信じられない、という表情だ。たぶん、俺も同じような顔をしている
のだろう。

「その呼び方、やめなよ」
「……悪い」
「まったく、男って現金よね。美人になったらちやほや群がっちゃって」

 眉根を寄せた吉田は、クラス委員長をしていたときとまったく変わらない。
 今は早稲田大学の法学部で、司法試験の勉強をしているそうだ。さぞ、正義感あふれる弁護士か検察官になるのだろう。
 吉田のことは、まあ、いい。ただ、彼女の言ったとおりである。
 俺たちは小学校の頃、中橋玲奈をいじめていた。
 小学生のやることだ。馬鹿馬鹿しいといえばそれまでだが、子供だっただけに加減を知らず、ずいぶんとひどいことも
やったような気がする。
 俺はちょっと気まずくなって、楽しそうに男たちと談笑している玲奈から目をそらした。

678 名前:同窓会(1)[sage] 投稿日:2012/05/10(木) 18:23:53.60 ID:D43IgOPL
 同窓会は二次会へと進み、別の居酒屋へと場所を移して続いていた。
 俺はなるべく中橋玲奈と顔を合わせないようにして、他の面子と酒を飲み、他愛ない話をしていた。いつのまにか田中
は玲奈の取り巻きの一人となっていた。

「ふう……」

 居酒屋のトイレを出て、廊下で携帯を開く。恋人からのメールが来ていた。可愛いし、気が合うし、彼女を好きだとい
う気持ちには何の嘘もない。少なくとも俺の方は、この気持ちが変わることはないだろう。絶対に。
 ちょっと嫉妬深いのか、俺が別の誰かと会ったり、飲んでいたりすると、メールの数が増える。今も同窓会の間だから
すぐに返信できないと言っているのに、五分後くらいに確認するとメールが入っているのだ。そして、なかなか返信しな
いでいると、機嫌が悪くなる。
 メールを打つのに忙しくて困ることもあるが、気にしてくれているというだけで俺としてもちょっと嬉しい。

「佐藤くん」

 甘い声が耳たぶを撫でた。

「……お、おう……」

 中橋玲奈が隣に立っていた。その美貌に、可愛らしい笑顔を浮かべている。
「彼女とメール? なんか楽しそうだったよ?」
「ま、まあな。えっと、ニヤけてた? 俺」

 玲奈に合わせて笑ってみせるが、ひきつった笑みになるだけだった。

「久しぶりだね」
「そ、そだな。……中橋は、元気だったか?」
「ええ」

 どうしてもぎこちなくなってしまう。内心冷や汗をかきながら、目を泳がせる。
 いじめていたことへの気まずさのせいではない。
 むしろ、この見違えるまでに美しくなった女性に対して、どのような態度をとればいいのかわからなかったというのが
正確なところだ。田中たちのように、ほいほいと群がる気にはなれない。

「ねえ、佐藤くんはこの後、どうする?」
「え?」
「カラオケに行くっていう人もいるし、もう帰る人もいるみたいだけど」

 鼻孔をほのかな香りがくすぐった。玲奈の匂いなのだろうか。彼女はいつの間にかすぐ隣にぴったりと寄り添っている。
 なんだか落ち着かない。恋人の話をした後だ。こんな風に二人きりで話しているのを見られたら、あまり良くないこと
になるのではないだろうか。
 触れ合う玲奈の腕がやけに熱い。

679 名前:同窓会(1)[sage] 投稿日:2012/05/10(木) 18:24:32.56 ID:D43IgOPL
「ねえ、どうする?」

 何を、どうすればいいのか。
 俺は段々頭がうまく働かなくなってくるのを感じていた。酔っているのだろう。そう思うことにした。玲奈の匂いと体
温が俺を包み込んでいく。

「もっと佐藤くんと一緒にいたいな」

 なんでそんなことを。

「でも、駄目かな。彼女さん、いるみたいだからね」

 そっと二の腕に押しつけられた柔らかい感触に、俺はびくりとする。
 
「今のうちに、抜け出さない?」

 玲奈の手が、俺の腕をつつ、と撫でた。何かを扱くような、淫靡な手つき。

「二人だけで、話さない?」

 耳元でそっとささやかれる。耳たぶが熱い吐息を感じている。

「それぞれ別々に店を出て、後で待ち合わせるの」

 誘われている。この誘いに乗ってはまずい気がする。とてつもなくまずいことが起きるようなきがする。

「この近くに、いい場所を知ってるの。二人きりになれる、いい場所」

 それがわかっていて、俺は。

「ねえ、佐藤くん」

  • 最終更新:2014-09-06 16:18:04

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